新型コロナウィルス 1.ユリノキ

 


 2020年4月16日、テレビのニュースが、新型コロナウィルス感染者が世界で200万人を超えたと伝えた。この一週間で倍に増えたというから恐ろしいことだ。
 世界の感染者の4分の1が、アメリカで発生している。いま、アメリカは感染者も死者も世界で一番多い国になっている。世界で一番豊かな国が、いくつかの国がなんとか抑え込んだ新型コロナウィルスに太刀打ちできずにいるというのは、何とも皮肉な現象だと思う。とはいえ、アメリカでの感染者や死者の人口比率を見ると、アフリカ系やヒスパニック系が高いというから、やはりどうしても貧しい人たちにしわ寄せがいってしまうわけだ。生活の根幹を支える肉体労働、交通関係やごみ処理などは、想像するだにリスクは高そうだ。アメリカのなかでも死者も感染者も多く苦闘しているのがニューヨークだという。ブルックリンに住む友人ラシャードは、無事だろうか。彼がいま何の仕事をしているかは知らないが、テレワークができる職種ではなさそうな気がするから心配だ。


 私が住む長野県の小さい町にも、新型コロナウィルスはひたひたと忍び寄っている。いつの間にか長野県内の感染者数も今日の時点で38人ぐらいになってしまった。松本、佐久、長野、上田、そして諏訪や木曽にまで広がりつつあるようだ。幸いこの町には、まだ感染者は出ていない。だからそれほど緊張もせずにスーパーに買い物にも行ける。混雑する日曜日は避けているが、今日も人出はだいぶ多かった。


 コロナのことを忘れさえすれば、いまは春爛漫。近くの公園でも桜は満開だが、見物客は少なくひっそりとしている。恒例になっている地面にシートを敷いて宴会をするのは、禁止になっている。この時期にはいつもだと駐車場が満杯になり、我が家の周りはぎっしり駐車違反の車で埋まる。今年はそれもない。そしていつも通りなのは庭の花々だ。梅、レンギョウ、椿、桜、雪柳と花々に彩られ、足元では仏の座、タンポポ諸葛菜水仙、スミレと、まさに色とりどりだ。なかでも私が注意深く観察しているものがある。花も葉もまだつけてはいない、20センチ足らずのユリノキの幼木だ。まわりのイヌフグリの花を手でわきによけ、ユリノキの写真を撮って、娘にネットでに送った。

 

 娘と話したいことは、コロナのことだ。娘が無事かどうか、そればかりが気になる。けれどそれを書きはじめると、どんどん深刻な内容になってしまう。だからあえて触れない。このユリノキの幼木は、我が家の近くで伐採されてしまった4本のユリノキの大木の子供だ。近所にやけにきれい好きな人がいて、落ち葉が汚くていやだと大木を惜しげもなく切り倒した。その場所は市の所有地なのだが、その男がたまたま区長をしていて、強引に事を運び切り倒してしまった。伐採に気づいて、私は家から飛び出して区長と口論までしたのだが、大木は無残に切り倒された。

 

 私は悔しくてたまらず、その後何年も春になると大木の切り株の周りを観察し、実生の幼木を探した。やっと見つけたものもうまく育てるのは難しかった。いろんな人に尋ねた挙句、幼木をまず鉢に植えて注意深く育て、しばらくのちに地面に植えるという方法を採った。何回かの失敗を経て、昨年はやっと3本の幼木を鉢で育て、いまは地面に植えた小さい木が、我が庭のあちこちで育っている。てっぺんの芽は、まだ固く閉じたままだ。あと1,2週間もすれば、あの半纏のような形の小さい葉が、姿を見せてくれることだろう。


 無事に新型コロナウィルスの感染が終息して、何年後かに大きく育ったユリノキを見たいものだと切実に思う。