テレビのリモコンがない!

 

 つい先日、テレビのリモコンが見当たらなくなった。
 テレビはあまり見ないが、それでもニュースの時間だと気づけばスイッチを入れて、気になっている出来事のその後を見届けようとしたりする。リモコンの決まった置き場はないが、テレビがある部屋の二つのテーブルのどちらかにたいていは置いてある。


 はじめは、まあそのうちみつかるだろうと暢気に構えていた。リモコンがなくても、テレビの側面の小さいボタンを押せば、電源を入れたり、チャンネルを変えたり、音量を調節することはできる。だから特に支障はないだろうと踏んだのだ。
 ところが、リモコンがないと操作できないことがいくつもあるらしいと分かった。リモコンが無くなる前に、音声切り替えを副音声にしていた。これは台湾の総統選挙を中国のニュースはどう伝えているかを知りたくて、同時通訳者を疑うわけではないが、元の中国語の音声に耳をそばだてたせいだ。
 この副音声を主音声に切り替えるのが、テレビ本体のボタンではできなさそうで、国際ニュースは全然理解できない外国語もそのまま聞くしかなくなった。地デジのNHKニュースも英語になっていて、アナウンサーの顔や雰囲気と全く合わない英語が棒読みで流れてきて、気持ち悪い。
 そのほか、入力切替をしてインターネットをテレビ画面で見るなも、出来なくなってしまった。


 やはりいろいろ不便はあるので、リモコンを探すことにした。無くなったころに自分がしたことを思い出してみる。問題がありそうなのは屑籠かも知れない。テレビのある部屋には屑籠が3個ある。こうなってみると、一部屋に3個も屑籠を置くなど、私がいかに不精者かを示しているような気がしてくる。屑籠の近くまで数歩あるくのさえ厭わしいということだろうか。それはともかく、その3個が全部満杯に近くなっていたので燃えるゴミの袋にまとめたのがつい先日だ。もしかしてゴミと一緒にリモコンを捨てたかもしれない。テーブルのひとつは、読みかけの本や郵便物やさまざまな書類が山積みになっているから、テーブルの端っこにリモコンを置いたら、書類に押されて滑り落ち、運悪く屑籠にスポンと入ったということもあり得る。それで、燃えるゴミの袋に手を突っ込み中身をかき回してみた。リモコンは無かった。


 玄関に置いてある木箱の中身もひっくり返してみた。ここには外出時のマフラー、帽子、手袋などを入れている。もしもうっかりリモコンを持ったまま玄関に行ったりすれば、防寒具を身につけて、その代わりに手に持ったリモコンをここに入れそうな気がする。だがやはりリモコンは無い。だがこんなことをしていると、妄想が広がって無用な不安を掻き立てられそうでもある。


 物を失くすというのは、それだけでも不愉快なものだ。大したものではなくても、急にその価値に気づいたりして惜しくなる。どんな些細なものであれ、使っていたものがなくなるのはやはり不便だ。あちこち探した挙句、不愉快や不安を振り払うために友人に話してみることにした。こういう時に気づかうのは、惚けだとバカにされないような相手を選ぶことだ。
 私より5歳年下だが、老いの心境も理解し、かつ頭もかなりはっきりしている台湾の友人にLINEを送ることにした。中国語で書くというのも、感情の生々しさを消すのには効果的かもしれない。


 私「あ~あ、テレビのリモコンが見当たらない」
 すると、こんな返信が来た。
「ゆっくり探しなよ。そのうちみつかるよ。みつからなかったら、リモコンだけ買えばいい。(台湾ならそれもできそうだが、日本ではどうだろう?うちのテレビはかなり古いのだ)」
 返信はさらに続く。
「年取ったら、物はきちんと元の場所に戻すのが肝心。僕は大事な物の置き場所は、全部備忘録に記録してある」
 ちょっと大げさすぎないか?と噴き出したくなる。超几帳面な彼らしいけど、リモコンの置き場まで備忘録に書くのだろうか。書いたってうっかり失くすこともあろう。などと思いつつ頬が緩み、少し切迫感がほぐれる。これは書かれた内容のせいばかりではない。台南の暖かさも関係ありそうだ。数日前にもこんなやり取りをした。
 私「今日は寒い。いま10時だけど、出かけようとしたら気温はマイナス3度」
 彼「台南はいま29度」
 えっ、夏じゃないか。彼の返信には暑い空気がまつわっている。


 その後も、あちこちを探したがみつからず、この際だからテレビを買い替えようかと考え始めた。もやもやを吹っ切りたいのだ。今年からNHKBSで4K8Kなどの放送が始まったそうだが、我が家のテレビではそれは観られないのだ。うん、いいチャンスかもしれない。BS料金を払っているのに4K8Kが観られないのも理不尽だとは思っていた。


 それでも妄想のおもむくまま食器棚、風呂場、台所なんかまでリモコンを探した。そしてその日の終わり、まさに寝床に就こうとした瞬間、ふと思いついて書斎の机を見に行った。そこへリモコンをもっていく理由などまったくないのだが、私がいちばんよく行く場所といえばその書机だからだ。
 そしたら、ありました。黒い長細いリモコンが、まったく意味もなくパソコンの前に鎮座しておりました。
 こういうのを果して惚けと言うべきだろうか。いやもうどうでもいい。とにかくみつかったのだから。