新型コロナウィルス 2.地震とピータン

 

 

 2020年4月20日月曜日早暁。なんとなく目が覚めて、この日にかぎってなぜか枕元に置いていたスマホに手を伸ばし時間を確かめた。4時23分だった。もうひと眠りできるなと思うより早く、そこにあったフェイスブックに投稿された中国語の文章が目に飛び込んだ。

「すごい揺れ。地震だ!!」とある。急いでフェイスブックに移動すると、夜明け前というのにもう反応する人がいた。

震源は安平(アンピン)」とコメントされている。

 

 

 地震情報の地図まで添付されていた。びっくりして詳細を確かめるよりも早く、台南にいる友人にメッセージを送った。入力が簡単な英語で「大丈夫?アンピンで大きな地震があったとか」と書いた。アンピンは、いわば台南の郊外の海岸地帯で古い城跡などもあり、台南の友人と数回訪れたこともある。

 

 

 寝なおしたあとで朝食を食べながら、毎朝恒例の国際ニュースに耳を傾ける。このところはもっぱら新型ウィルス関連の情報ばかりだ。台湾のニュースは、その国際政治上の位置を反映していつも少なめだが、今日も台南の地震はおろか、コロナ関係の報道もまったくなしだ。けれども最近では、新型コロナウィルスの感染拡大で大変な目にあっている少数者にも目が向き始めている。生活困窮者、住居のない人、天災で避難を強いられて感染が急速に拡大する危険な避難場所に身を寄せるしかない人たち。それでも地震の報道がないということは、被害は大したことがなかったということか、と自分の気持ちをなだめてみる。

 

 だがやはり気になって仕方がない。地震後の混乱のさなかだったら迷惑だろうな、と遠慮する気持ちを捨てて、昼前についに台南の友人に電話してみた。すると何回も、

「え?何のこと?」と訊き返され、その挙句アハハ、と笑われた。「ああ、ぼくなんか気がつかないくらい小さい地震だったよ」と。

 

 

 それならよかったと胸をなでおろすと、横から友人の妻が割り込んで話し始めたのは、やはりコロナウィルスのことだった。台湾は新型コロナウィルス対策は見事にやってのけたと、世界的に高評価を受けている。昨年末に早くも武漢で原因不明の肺炎が発生したことを注視し、中国湖北省から来る人たちを徹底的に検査して水際で封じ込めを行った。2月の春節のころには、台湾での感染者は1人だけという状況にもかかわらず、もう学校を一時休校にして感染予防対策を行った。もし感染拡大によって再び休校になった場合に備えてオンライン授業の準備までしたというから驚きだ。

 

 体温測定や消毒を徹底させ、マスクも全体にいきわたるようシステムを整え、いまではウィルスに注意しつつも安心して生活できているようだ。それが可能だった一番の理由は、それぞれの分野の優秀な専門家が閣僚に就任しているからだという。毎日、日本の厚生大臣にあたる保健福祉部長が記者会見を行い、さまざまな情報の周知徹底を図ると同時に、人々の意見や提言を幅広く集めている。先週ごろ聞いた話では感染者は300人台。すべて感染経路が追跡できているとのことだった。

 

 台湾に行くたびに思うが、やはり中国の存在は非常に身近に感じる。特に仕事で中国とつながりのある人などは、日本でいえば東京・福岡あるいは東京・大阪間ぐらいの感覚で中国大陸と行き来しているように見える。その台湾で感染をこの程度に抑えているのはまさに称賛に値するだろう。

 

 ところで、電話の向こうで友人の妻が意気込んで話すところによれば、海軍で感染者が21人出たという。彼らは数日前に下船して各地に散ってしまったが、その軍艦の乗組員が300人以上、その他の軍関係の接触者を入れるとその倍ぐらいの人数の検査が必要な状況らしい。

 

 だが日本と比べればそれでもまだ深刻さの度合いは低いように思われる。感染者は全国で1万人を超え、東京でも累計が3000人を超えたと最近言っていたが、日本は検査数自体が極めて少ないからたぶん実数はこの10倍、いや100倍か、などという推測も専門家からさえ出ている。しかも検査して感染が確認された人々も、その7割近くがもう感染経路がまったくわからなくなっているという。つまりたぶん市中に感染者がたくさんいるというわけだ。

 

 話がどんどん深刻になって止まらなくなるのを見かねた友人が横から割り込み、続きの話は夜にしよう、と言ってくれた。今夜ラインで電話を入れるよ、と言って電話は切れた。そして夜。律儀な性格を反映して、友人は9時ちょうどに電話をしてきた。そして気がつけば、2時間半もおしゃべりをした。はじめはやはりもっぱらコロナウィルスの話だった。

 

 気が滅入るので私が意識的に話をそらしていった。話しているうちに友人が、年寄りたちのコミューンをつくるのはどうだろうなどと言い出した。のんびりと暮らしながら、できなくなってきたことを互いに補い合えるような生活ができるといいよね、と。

 

 話はそれからそれへとそれていき、最後のころにはこんな話になった。
「そうだ、ほらキミの好きな台南のクッキーが、いま3箱も手元にあるんだよ。あげようか?」
「うれしい、あれならいつでも大歓迎」
「それに、最近小さい店で作っている、ものすごくおいしいピータンをみつけたんだ」
「え? ピータン、大好き。ここでは手に入らないから」
「じゃあ、ピータンの匂いが漏れないように、クッキーの真ん中に入れて送ってあげるよ」
「ありがとう。楽しみ」
「コロナのせいで、郵便物が滞っているかもしれないから、いま台湾から小包を送ったら、どれくらいで日本につくか、明日問い合わせてみて。もし一カ月以内で届くようなら送ってあげるから」
 やさしい友人に感謝だ。

 

 ちなみにピータンは、皮蛋。アヒルの卵を加工したものだ。卵に塩、石灰、木炭、茶の煮出し汁、粘土などを混ぜて塗り、もみ殻をまぶして甕(かめ)に入れ密封、半月から数か月熟成・発酵させるのだと聞いたことがある。外側のもみ殻を洗い落として卵の殻をむくと、白身は茶色の半透明に透き通っている。白身も黄身もチーズのような濃厚な味わいがある。発酵食品特有のクセのある匂いを嫌う人も多いようだが、私は大好きだ。そういえば、このところだいぶ長い間食べてないなあ。