幹事疲れ

 

 

高校を卒業してからもう55年もたつ。

今年も同級会をやることになって、初めて幹事を引き受けた。3年ほど前までは地元を離れて東京周辺で仕事をしていて突発的な用事がしょっちゅうあったので、幹事などはしり込みしていた。同級生も、忙しいだろうからとそれを許してくれていた。けれどここ数年地元で暮らすようになり同級会への参加も増えた。お世話になりっぱなしなのは心苦しいので、幹事を引き受けてみた。

 

手伝うと名乗りを上げてくださった方もいて幹事は4人になった。居住地は小諸、臼田、小海、前橋とばらばらだ。だが遠方の前橋在住の人が、会場の旅館を見つけて交渉してくれた。臼田と小海の人が会計係を買って出てくれた。それで私は、案内状の印刷と発送、名簿を数か所訂正して印刷するだけでよいこととなった。

 

同級会の宿は別所温泉、高校があった上田のすぐ隣だ。うまい具合に同級会コースを設定している旅館がみつかり、10人以上ならだいぶ割安になるという。それで他の幹事たちは電話で勧誘などもしてくれたらしく、参加者は14人になった。

 

多くの人が車でやってきた。腰や膝に痛みを抱えている人、左足がしびれている人、さまざまな問題を抱えていても、皆元気なものだ。腰痛のひどい人は、座っていても横になっていてもいたいのだから、遊びに出かけるに限るという。毎年家で作っている数種類の漬物を持参して、皆に回してくれる。おいしい、これは去年より甘い、もう少し塩気が利いていてもいいね、などと意見が出る。

 

しかし何といっても楽しみなのは、どうやら延々と続くお喋りだ。2年前に夫を亡くした。息子が結婚しないのが悩みの種だ。孫が大学受験を控えていて夜食づくりが大変だ。などなど、家族の事情を知ってくれているからこそ話せる事柄について、こまごました話が交わされているらしい。

 

私はせっかく温泉に来たのだからと、お喋りの場をするりと抜け出しては湯に浸る。客も多くはなく、温泉の湧き出る音が聞こえる静かな風呂場でくつろぐ。するとここでも、連れ立ってきた同級生たち数人がまた何やらお喋りをしている。

 

夜が明けた翌日も、なかなか別れがたい様子だ。8人ほどで連れ立って北向観音安楽寺三重塔などを見て回った。ここが実家の菩提寺だったと、子供の時の法事の様子を話してくれた人がいた。国宝だという三重塔は、ほんとうに美しい姿をしていた。しかも周囲は、この季節のみずみずしい緑一色だ。気づけば一行のなかには腰が痛い膝が痛いという人が4人ほどまざっていて、手すりや杖を頼りにゆっくりと三重塔までの坂道を登ってくる。そのゆったりペースに合わせていると、何やら別世界に踏み込んだ心地さえした。

 

昼食は、地元の人ご推奨の店に3台の車を連ねていった。私は先導する軽自動車に乗せてもらった。運転者は高校時代わりに仲の良かった長田さん。3年前に夫を亡くし、いまは畑を守りながら一人暮らしをしている。料理上手の腕を買われて道の駅で売る「おやき」づくりに駆り出されることもあるという。畑や庭先でとれる野菜や果物を使った保存食はどれもおいしい。今回私は、皆に内緒で昨年作ったイチジクの砂糖煮をどっさりいただいた。作って冷凍庫に保存していたのを出してきたという。長田さんの運転はとても着実で安心だった。

 

昼ごはんを食べながらもお喋りは続く。窓の外には草花がまぶしいほど咲き誇り、その向こうを1時間に2本ぐらいしか通らない上田電鉄の電車が走り抜けた。この電車で通っていた人も、お喋りしている中に2人ほどいるはずだ。

 

帰宅すると、くったりと疲れていた。せっかちな私が、同級会をいったん解散した後も名所めぐりや昼食にまでつきあったのは、半分は幹事の義務感だったかもしれない。そして半分は、このあたりの小さい町で暮らす人々のペースに慣れてきたせいかもしれない。いままで味わったことがない種類の楽しい時間だった。