有機農業、勉強会

 


上田に行ったときに、偶然に有機農業の講演会のチラシを手に入れた。最近はチラシ類もずいぶん色とりどりだが、このチラシは水色の紙に墨一色、しかも昔懐かしい手書きで楽しいイラストが添えられている。一枚しか残っていないチラシを手に取って、まず講演会の場所と時間を確認する。私が行かれないなら、このチラシは他の人にゆずらなければ、と大事にする気持ちが自然に生まれている。幸い行かれそうなのでチラシを頂き、さらに友だちを一人誘った。彼女は子供時代から農業になじんでいる、私の指南役だ。


演題は「雑草も害虫も病原菌も敵じゃなかった~野菜も人も元気になる方法」。やったぜ、という感じだ。私もこの精神で畑をやりたい。いややっているがうまくいかない。これで知識を蓄え、周囲の白い目を跳ね返してやりたい。講師は私には未知の吉田俊道農学博士。大学退官後は長崎で「菌ちゃんファーム」という農場を運営し、有機農法を実践し、しかもかなりの収益もあげているそうだ。


私の畑歴は、足掛け5,6年といったところか。せっかく自分で作るからには農薬や化学肥料は使わない、と頑張ってはみても、知識・経験・体力・忍耐力と全部不足で、実は畑はかなり悲惨なありさまだ。いくらなんでも雑草生え放題にしておくわけにはいかないから、畑のかなりの部分に香菜(シャンツァイ)を繁茂させている。別名パクチと言われるこの野菜は、香りが独特なせいで好悪がはっきり分かれるが、私は大好きだ。もともと種をくれた台南に住む友人は、勝手に私の畑を想像して、毎日新鮮な香菜が食べられるなんて羨ましいと言っている。


というわけで、ただの雑草だらけではないものの、周囲の勤勉な畑人から見れば、やはりだらしない畑に見えるのは否めないだろう。この5,6年、私なりに努力はした。ある年には水ナスが大木のように育って一夏の恵みをくれた。またある年はミニトマトが大豊作で、もったいないのでケチャップを大量に作った。だがこれらは偶然そうなっただけで、自分が望んでその通りに行った例は、ほぼ皆無だ。このあたりでは庭先などでも、皆りっぱにキウリやナスを作っているが、そういう夏の定番野菜に関しては、私はうまく行ったためしがない。


さて、講演会当日。開演より40分も前に到着したのだが、驚いたことにすでに会場はもう活気がただよっていた。上田郊外の塩田公民館という立派な建物の大ホールは、ならべてあった椅子をさらに増やして、180人の聴衆で埋まった。男女比は半々ぐらいだろうか、幼い子供を連れた若い人からお年寄りまで、なんとか役に立つ知恵や知識を仕入れたくて、うずうずしているのがよく分かる。たぶん私を除いて皆それなりの腕前なのだろうが、であればもっともっといろんなことを知りたくなるのが畑仕事だ。


講師の吉田俊道先生は、サービス精神満点の楽しい話を聞かせてくれた。豊富な知識と有機農法実践者の経験とで、深くうなずきたくなる話題の連続だ。聴衆とのやり取りも、それぞれの経験に裏打ちされていて興味深かった。私にとって新鮮だったのは、虫は弱った野菜につく、ということ。野菜を丈夫にすることが、虫をはねのける最大のコツなのだ。それに虫にも菌にも雑草にも、それぞれの役割があるのだから敵視する必要はないこと。なんだか目の前が明るくなっていく。よし、いい土をつくって、青々と雑草が地面を覆っている畑で、おいしい野菜を作ってやろうと元気が出た。おいしい野菜を食べておなかの中まで健康になったら、どんなウンチが出るか、なんていう話もあった。私は初めて聞いたが、これは、考えてみればかなり大切な知識ではないか。


講演を聞いた翌日から、何が変わったか。早朝約2時間の畑仕事をするようになった、と言ってもまだ3日目にすぎないが。いろんな話の中から、私にできることをみつけて実行する。すると野菜がおいしくなる。健康になる。今年の夏は早朝2時間の畑仕事、次は昼までの書斎仕事、午後は寝転がって本を読んだり庭仕事をしたり、漬物などつくったりもしようかな。食にじかにかかわること、自分にも地球の未来にもよいことを実践することは、本当に気持ちを明るくする。あの有機農法講演会の、会場全体の明るい雰囲気は、あそこに集まった人々の気持ちをそのまま反映していたのだろうと、いまさらながら感嘆している。