『片手の郵便配達』  ナチ時代末期の記録

グールドン・バウゼヴァング著『片手の郵便配達』を読んだ。

 

ナチス・ドイツのポーランド侵攻で始まった第二次大戦の末期、ロシア戦線で片手を失った17歳のヨハンは、故郷の村に戻って郵便配達人になった。

 

郵便配達人は、映画や小説でも取り上げられやすいキャラクターだ。中国映画「山の郵便配達」、イタリア映画「郵便配達は二度ベルを鳴らす」などなど。配達する手紙を通して微妙に私生活を知っていく立場であり、往々にして待ちわびる情報をもたらしてくれる重要人物でもあるからだろう。

 

ヨハンは暑い日も寒い日も周辺の村を回って日々郵便を届ける。時局がら戦死の通知を届けなければならない場合もよくある。長い山道を一人黙々と歩いて手紙を届けるヨハンは、手紙の受け取り手にとっては大切な人で、人々は手紙にまつわってつい秘事をヨハンに漏らしたりする。

 

そんなふうに日々を送り、人々の悲しみや喜びを見聞きしてきたヨハンは、やっと戦争が終わり、輝く青春を取りもどせそうになったときに、理不尽な死を迎えてしまう。

 

著者グードルン・バウゼヴァングは1928年に当時ドイツ領、現在ではチェコ領のボヘミア東部で生まれている。15歳で父親が戦死、17歳で第二次大戦の終戦を迎えた。だからこの小説は少年を主人公にしているが、彼女自身がこの時代に見てきたことを語っているのだろう。

 

戦後は教職について、チリやベネズエラのドイツ人学校で教えたこともある。ドイツと南米を行き来して教職を続けつつ、たくさんの小説を書いてきた。自分が生きた時代、見逃してはならぬナチス・ドイツ時代のことを後世に伝えたい、という思いが彼女の旺盛な表現意欲を支えたのだろう。