赤い服のカワムラさん

 


 日曜日の夕方、すぐ近くの城址公園へ散歩に行った。歩くつもりで出かけ、その気になったら適当に走る、という気軽なエクササイズだ。
 昼間は行楽客でにぎわったであろう公園内も、夕方5時ごろになるともう誰もいない。そうなると我が庭のようなもので、山並みを眺めたり、色づきはじめた木々に見とれたり、ぼんやり物思いにふけったりと、心地よい時間を過ごす。


 と、若い女性が急ぎ足で近寄ってきた。私は夕方の冷気を恐れてウィンドブレーカーを着ているのに、彼女は半袖Tシャツでしかも汗ばんだ顔。なにやら慌てているようすに見えた。
「赤い服を着た、細身で背の高い女性を見かけませんでしたか」と尋ねられた。
「誰も見ませんでしたが」と答えながら続きをうながし、気が動転しているのかあちこち飛ぶ話をまとめると、どうやら迷い人探しらしい。


 若い女性は近くの老人介護施設の職員だという。そういえば紺色Tシャツの胸元にロゴのようなものが入っている。彼女の話では、入所者の女性がこのあたりはよく知っているからと出かけて行ったが、だいぶたっても戻らないのだという。
 その女性の名前は、と尋ねると「カワムラさん」とのこと。
「じゃあ、赤い服の女性を見つけたら、カワムラさんですか、と声をかけてみるけど、そしたら返事はしてくれるかしら」と訊くと、
「大丈夫だと思います。よろしくお願いします」と若い女性は走り去ろうとする。
「見つかったら、公園の正面入り口あたりに連れていき、あなたの施設に連絡します」と後ろ姿に呼びかけた。


 この季節は朝晩と昼間の温度差が大きい。夕方以降はどんどん寒くなる。早く見つけないと大変だ、と散歩どころではない気分になった。まさか谷には降りて行かないだろうな、と公園の周囲に広がる森をのぞいたりしていると、こんどは若い男性が走り寄ってきた。
「あの赤い服を着た女性を、、」というところまで聞いて、「カワムラさんを探しているのね、みつけたら正面の三の門へ連れていきます」と言うと、彼も礼を言いながら走り去った。


 予定していた散歩コースを変更して、花の植え込みが多いあたりを歩いてみる。昇りやすそうな階段のある石垣の上にも行ってみる。カワムラさんらしき姿はない。カワムラさんはいったいいくつなのだろう。もしかしたら私ぐらいかちょっと年長あたりだろうか。そんなことを考えながら三の門を通り過ぎ、店じまいした土産物店あたりできょろきょろしていると、さっきの介護施設職員の男女が連れ立って、施設へ戻る道を急いでいるのが見えた。あの感じだと、カワムラさんはみつかったのかな。まさかみつからないまま、この時間に捜索を打ち切ることはないだろう。


 そう思っても気になるので、ニュースを追う。テレビでも翌朝の新聞でもそれらしき話題はどこにもない。どうやら無事だったようだ、と人知れず安堵した。