畑のよろこび

 

今年の畑はどうしようか。キウリは作らないことにしよう。うちではいつもちょっとみじめなものしかできないし、歩いて10分ほどの駅の無人販売で、毎朝持ち込まれるおいしいキウリが山ほど手に入る。

 

ナスもやめておこうか。3年ほど前に水ナスというのがとてもおいしくできた。でもあれも偶然だったようだ。あれ以降、数回試みたがやはりたいしたものはできない。それにこれも駅で毎日新鮮なのが手に入る。

 

こう並べてみると、要するに私の畑仕事がいかに下手かということが暴露される。皆がちょっと庭先など利用して、自家用のキウリやナスやトマトを難なく作っているふうなのに、私が作るとどれもこれもそううまくはいかない、ということなのだから。

 

それで今年は、簡単には手に入らない私の好きな野菜、または腕に関係なく収穫できる野菜に限ることにした。まずは欠かせないビーツを蒔いた。これは毎年うまくいくのだ。フェネルは昨年根を残したので、自然に青々とした葉を茂らせ始めた。コリアンダーは、増えて困るくらい畑のあちこちに生い茂る。キクイモも自然に生えてきてくれる。カモミールもそのうち群れ咲くことだろう。

 

これに加えて、ジャガイモを蒔いた。庭の木の枝を伐採してくれた桜田さんが、自分の畑の余りだと下さったのだ。私の腕を見透かして、桜田さんは細かく栽培手順を教えてくれた。深く掘ること、芽が出たら芽と芽のあいだに化成肥料を一握りずつ撒くこと、など。でも私はその通りにはやらない。自然農法を実行している人の真似をして、土を耕しもせずにスコップで割れ目をつくって、20センチほどの深さにポトリポトリと埋めただけだ。これがひと月以上たったいま、かなりの高率で芽を出し始めた。よその畑ではもうジャガイモは大きく葉を茂らせている。私の畑では芽が出たばかりだが、心なしか元気のよい濃い緑色をしている。

 

それからネギも植えた。ただし、他の畑では見かけたことがないが、南北と東西向きの直角に交わる畝を作った。日差しや風向きの加減で、どちらがうまく育つか見てみたいと思ったのだ。いずれにしてもネギはあまり失敗がないから、安心して見守れる。これで何とか格好もつくだろうと思っていたら、ヨガ友達の杉山さんから連絡が来た。苗をあげる、というのだ。

 

杉山さんは実家が米つくりまでやっているらしく、畑仕事も堂に入っている。なのに彼女は漫然と慣行農法に甘んじてはいない。自然農法を教えてくれたのも杉山さんだ。化学肥料や農薬を使わないのはもちろんだが、雑草だからと取り除いてしまうのではなく、雑草とともに野菜を育てようというわけだ。

 

そればかりでなく、杉山さんはタネも安易に買ってくることはしない。いま普通に売られている種は、それで野菜を育てても、その野菜は子孫を残せない。つまり種が実らない野菜だ。私も野菜を作るなら、昔のように自分のうちで種を取ることができる伝統野菜を育てたいと思っていた。埼玉県にそういう健全な種を売る小さい種屋「野口種苗」があるので、私はそこから種を買う。するとある日、杉山さんもそこから種を買っていることが分かった。

 

杉山さんが、野口の種から育てた苗を分けてくれるとあっては、粗末にはできない。持ってきてくれたのは、苗は、カボチャ、キウリ、トマト、ピーマン、唐辛子。種も自分が使った残りを分けてくれた。トウモロコシ、青豆、大根、春菊、落花生と色とりどりだ。おまけに庭に増えすぎたからと、コゴミも一株持ってきてくれた。

 

さあ、忙しくなったぞ。私の怠け心も吹っ飛んだ。畑の地図を思い浮かべ、雑草や周りの野菜との相性を考えて、どの場所に何を植えようか何を蒔こうかと頭を悩ませた。それは私流のパッチワークみたいな畑で、何とか乗り切れそうだが、困ったのはトウモロコシだ。

 

というのも私の畑には狸も出るし鹿も出る。昨年もトマトを盗みに来る狸と知恵の出し比べをし攻防戦を繰り広げた。だがトウモロコシに手を出す鹿とは、どうも渡りあえそうもない。鹿はかなり暴力的で、ちょうど食べごろを狙って一夜でトウモロコシを根こそぎにして畑を荒らし、食い尽くすからだ。仕方がない。トウモロコシは庭に蒔こう。

 

ところが我が庭は、自然林の続きのように大木が生い茂っているせいで日当たりがよくない。朝から夕方まで日差しを追いかけて観察した結果、まあまあ日の当たりそうなフェンス沿いにトウモロコシを蒔くことにした。時節がら開きかけた花が甘やかな香りを放つアカシヤに囲まれて、フェンス沿いを耕した。この辺りは火山灰地だから、軽石がゴロゴロと出てくる。これでもトウモロコシは育ってくれるだろうか。

 

気づけば昨日は、つい夢中になって5時間も畑仕事をした。くたくたに疲れて8時には寝てしまった。そうそう、こんな年甲斐もないような熟睡まで含めて、畑のもたらしてくれるよろこびは、大きい。