相談できる人がいないなんて

私のひそかな楽しみは、無名の素晴らしいシンガーを見つけることだ。あちこちののど自慢みたいなプログラムを見ていて、この人いいなと思ったら、数年後あるいは数か月後にすごい歌手になっていたりすることがある。もちろん最初に聞いた時より数段うまくなっている。

 

最近アメリカのEdgarという家族3人のコーラスグループを聞いて、すごいと思った。32歳の女性が、夫と15歳の娘と一緒に歌いはじめたのだ。だが彼女には歌について苦い思い出があった。彼女は10代から教会で歌い始め、歌のうまさが認められて17歳の時にレコードを出すことになりコンサートツアーにも出かけた。ところがそのころ妊娠した。するとレコード契約は破棄され、その後は教会で歌うことも許されなくなった。そのとき生まれた娘がいまでは15歳になり、その後結婚した夫と3人で歌い始めたというわけだ。夫は結婚した時にすぐに彼女の娘を自分の養女にした、二重の喜びだった、という。夫のギターとボーカルに2人の女性のボーカル、それぞれの味がうまく生かされてほんとうに美しい濃やかなハーモニーを醸し出す。

 

そのコーラスを楽しんでいたころに、たまたまネットのニュースで悲しい話を読んだ。日本で16歳の女の子と17歳の男の子が、生まれた子供を袋に入れて公園に埋め、逮捕されたというのだ。出産は男の子の家で2人だけで行い、すぐに2人で埋めてしまったという。

 

男の子は出産にまで、そして子殺しにまでもつきあったのだ。それならば妊娠発覚からこの事件を起こすまでのあいだに、2人で何とか知恵を絞ることはできなかったのだろうか。誰か相談する人はいなかったのだろうか。あまりにも寂しい話だ。

 

誰かがちょっと手助けをして、出産育児の大変な時期を乗り越えれば、その先にどんなことが待っているかはわからないのに。辛さもあろうが楽しみだって絶対あるはずなのに。日本はとかく、自業自得とか自己責任とか言って、過ちを犯した人を執拗に責める。周囲が一斉にそんな雰囲気に変わっていくという経験は、私自身も何回かしている。誰だって過ちは犯すだろう。そこから立ち直ることこそが大切で、そのために手を貸そうなどという考えが、この社会にはあまりにも乏しい。