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祇園祭 終わる

祇園祭が終わった。

小さい神社から神輿が担ぎ出されて、町内を練り歩く。神社の急な石段を駆け下ったり、数か所で神輿を勢いよくまわしたり、と勇壮な見せ場もいくつかある。ささやかな祭りではあるが、夏の風物詩として味わい深い。

 

ところが今年は祭りの気配をなんとなく感じながらも、一歩も外出はしなかった。

子供の時は、家の前が神輿の通り道であるばかりか、大きい見せ場の一つのぐるぐるとまわす場所だったせいで、この祭りと無縁ではいられなかった。この土地のものではない母も、神輿の担ぎ手や祭りを取り仕切る人々が途中で休む時の接待に追われて、他の女衆に後れを取るまいと必死の形相だった。

 

祭りだというのに、思い出す光景はなにやらもの哀しさに彩られている。今思えば母は、忙しい中でどうやって時間をつくったのか、祭りの朝に縫い上げた浴衣を着せてくれた。誇らしい思いで門の前に立っていると、通りかかった老婆がつかつかと近寄って私の浴衣の襟元や袖口を撫でまわし、「まあまあ、上等なおべべで」と言った。

 

その時はわからなかったが、あれは母の着物の裏地を仕立て直した絽の小紋ではなかったか。あのころは、子供の浴衣地など簡単には手に入らなかったのか。それとも、母には他の理由があって、あれを仕立ててくれたのだろうか。なるほど他の子供たちとはだいぶ違う装いではあったが、私はいまでもあれを欲しいと思っている。あれが母の着物の裏地だとすれば、それは私たちの台湾からの逃避行の荷物の中に、母がやっとの思いでしのばせた数枚の着物の一枚だったはずだ。あれは敗戦数か月前の命がけの船旅だったことが、いまとなれば分かる。

 

子供のころにくらべれば、祭りの賑わいはすっかり下火になった。昔は夜明け近くまで提灯に灯をともしたまま表戸をあけ放っていなければならなかったが、いまは時間が決められていて十時かそこらで神輿は神社に収められる。昔と違ってすっかりひと気のなくなった通りを、疲れ切って酔ったような足取りになっている神輿が神社へと坂道を下る。そのときの掛け声は、終日続いていた「ワイヨイワイヨイ」というのとは違って「ヨイトーヨイトー」というものだ。

 

昔に比べれば、通り沿いの各戸がともしている提灯もぐんと数は減り、うすぼんやりとした街灯に浮かぶ疲れ切った神輿の最後は、小さい町の祭りらしい風情を濃密に醸し出す。

 

だがそれさえも今年は見に行かなかった。

「子供の時は、自分が年々大きくなるから祭りも毎年楽しみだったけれど、いまは昨年も今年も同じという気がする」というのが私の今年の祭りに行かなかった言い訳だ。