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行政の魑魅魍魎  日本語教室で

 以前に「ディアスポラ、その後 日本語教室で」という記事を書いた。偶然読み返して、ああ日本語教室は私にとっても楽しいところだったなあ、と思い返した。私自身が台湾で生まれて引き揚げ者として日本へ来たし、母も台湾生まれで神戸・横浜育ちというよそ者だったせいもあり、外来者という意味では日本語教室に日本語を学びにくる人たちと、話が合う面もあった。

 

 だが、さんざん考えた末、日本語教室で日本語を教える活動はやめることにした。理由は、団体の運営の不透明さに我慢がならないからだ。

 

 日本語教室の活動に加わって1年目ぐらいに、なんだかヘンだと思い始めた。代表者はこの活動をもう10年も続けているそうで、その点では頭が下がる。だが運営面は問題だらけだった。活動に参加している人の名簿、学習者から徴収している教材費で買った教材なども、代表者が一手に管理していて、私たちボランティアスタッフは教材を使うとか、学習者と連絡を取ることすら自由がきかない。

 

 一体これは何なのだ、と思っていたら、思わぬ事実を知った。代表者は市から事業委託費その他の名目でお金を受け取っていた。もちろん代表者個人としてではなく、日本語教室という団体として、だ。ところが代表者は、そのお金の中身や使い道などに関しては、日本語教室に参加しているボランティアスタッフには一切知らせず、実質個人で決めて使っている一方で、団体名を使った事業報告書なるものを市に提出している。実質個人でやっているのに団体名を使うのは詐称ではないか、と代表者に進言したが「へえ、詐称ねえ」と受け流された。

 

 ほかにもある。市の他の施設の一角に、リソースコーナーなるものがあって、そこには外国人が日本語を学ぶための教材が集められている。それも毎年市から与えられる予算を、実質日本語教室代表者が受け取り教材を購入しているという。リソースコーナーには名ばかりの運営委員会があるというが、機能していないらしい。

 

 そうやってリソースコーナーに集められた教材はと言えば、私たち日本語教室のボランティアスタッフには、使う権利は与えられていない。その部屋まで行って見ることはできるが、教室で使おうとすると代表者に頼んで持ち出してもらうしかない。

 

 こうした不都合や理不尽は、多かれ少なかれどんな活動にもあるだろう。しかし理解できないのは市の担当者の態度だ。日本語教室の委託事業が実質的には個人で行われているという事実、リソースコーナーが購入した教材がやはり個人で運用されて、最も必要としている日本語教室のボランティアスタッフが自由には使えない事実。これらを市の担当者にいくら訴えても、無視されて、何も改善されないままいままで通りに事が進む。

 

 地方行政って、こんなものだろうか? 隣の市などを見ると、もっとうまくやっているように見えるのだが。